こんにちは、makinaです。
片づけをしていたら、写真が出てきました。
どれも、子育てがつらかった頃の写真です。
子どもだけの写真。
私だけの写真。
そして、子どもと私が、一緒に写った写真…。
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それを見て、思いました。
「写真を見る限りは、つらそうに見えない」…。
こんな感じに写るのであれば、つらさはわからないのかもしれない。
と。
当時は確かにつらかった
写真が撮られた当時、つらかったのは確かです。
そして、出来上がった写真も、自分で見ています。
その時は、渦中にいたので、自分がつらそうかどうかはわかりません。
でも、写っている場面のことを思い出すと、すごく大変で写真どころではなかったことは確実です。
それなのに、今、その写真を見ると、つらそうに見えません。
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これならわからないかもしれない
まあまあ元気そうというか、身なりもそこそこ整っているように見えるのです。
もちろん、笑顔です。
ものすごく無理して、笑顔にしている記憶はあります。
そういうふうにして写った写真は、つらそうには見えません。
こんな感じに写るのなら、子育てにつらさを感じていることは、わからないかもしれない。
もし今、普通に子育てをしているように見える人がつらいとしても、写真や、見た感じでは、きっとわからないです。
少し怖くなった
子育てがつらかった自分が、つらかった時の自分の写真を見て、そうなのですから…。
渦中の人を見ても、つらい状態にあることには、気づかないと思います。
自分の写真を見て、思いました。
「この感じなら、わからないなぁ。」と。
少し、怖くなりました。
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